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片づけられなかった私が断捨離トレーナーになるまで(6)私にとって最大の断捨離

2018.04.24

「片づけられない」からの卒業を応援する
断捨離トレーナー 小林ふみこです。



片づけられなかった私が断捨離トレーナーに
なるまでのこと、書いています。

これまでのお話は
(1)ずっと優等生ずっと反抗期(高校まで)
(2)落ちこぼれだけど自由を満喫(大学時代)

(3)バブリーふみこの張りぼて生活(独身時代)

(4)ちゃんとしなきゃ!が復活(初めての子育て)
(5)50才で絶望しかけて断捨離に出会った!


50才で断捨離に出会って
見様見真似で、ひとつ、またひとつと
要らないモノを手放していきました。

ものが減って空間ができるたびに
心が軽くなっていきました。

同時に、捨てにくいものほど
手放した時にいろんな発見があります。

それは嬉しいこともあるし
悲しいことも、ショッキングなこともあります。



私にとって最大ともいえる断捨離…

それは、5万円のイスでもなく
大きな桐のタンスでもなく
大学の卒業論文でもなく

古くて小さくてボロボロのもの。



それは、
アレルギーを持つ長男の「子育ての記録」でした。
生後7ヶ月の時から2年と少し、
毎日書いていたものです。
大学ノート5冊分。




写真が残ってました!



長男のことは、この前の記事で書いた通りです。

ふつうなら当たり前のこと
友達と一緒に食事をする、とか
お誕生日にケーキを食べる、とか
いうことが
命取りになるかもしれなかった当時。

治療法はないけれど、
食べられるものを安全に増やしていくための記録です。

いつ何を食べたか、
排便の回数と、その状態、
カラダのどの部分に発疹が出たか、
いつ発作が起こったか、
自然療法を試したらどう変化したか、
そんなことを全て記録していました。

とても大変だったけど、私が頑張ってきた証でもあります。

捨てる、なんて考えてもいなかったのですが…



ある日、中学生で反抗期の息子が
あまりにもヤル気がなく
頑張らない毎日を送っていることにいい加減腹を立て

「母さんがどれだけ頑張って
あなたを育ててきたと思っているの!
よし、あのノートを見せてやろう!」


と心の中で思ったのです。

幸い、「ノートを見せる」という行動をとる前に
気づくことができましたが、

私は

「自分がこんなに頑張ったんだから、
あなた(息子)もそれぐらい(母が考える程度に)
頑張るべき!」

と思ってたんですね、きっと。

目の前の息子そのまま ではなくて
私の理想とする息子の姿 に近づけようとして
それを息子に押し付けていたんだと
はっと気づいたのです。

これって、私が子どもの頃、母から押し付けられて
とてもいやだったことと同じ。

片づけられない、というだけでなく
子どもをコントロールしようとするところまで
母と同じだと気づいた時はとてもショックでした。

だから、子どもをコントロールするための
道具になるような「子育ての記録」を
捨てることにしました。



もしかしたら、捨てなくてもよかったのかもしれません。

でも、モノと共にある「思い」が
好ましくない、自分を損なうようなものであれば
モノと一緒にその思いも手放してみる

というのが断捨離の考え方ですから
実験的に「捨ててみよう」と思ったのです。

それが、いろんなことが動き出す
きっかけとなったようです。

(当時は「とりあえず捨ててみた」だけ。
いろんなことがつながって理解できたのは
後々になってからなんですけどね。)



捨てることは
私が頑張ってきたことを否定することではなく
自分で自分を認めてあげることだったのだと思います。

私はあの時よく頑張った。えらいぞ!
やれるだけのことはやったのだから、
もうノートがなくても大丈夫。
息子は、自分のカラダと心を使って生きていける。

と思ったら、

息子を信じよう
本人の気持ちを一番に考えよう

ということを常に意識できるようになりました。

いきなり仏様のような大きな心にはなれませんけどね。(笑)
常に意識することができるようになりました。
これはとても大きな変化でした。



すると、私があれこれ口出ししなくなったら
息子は自分のやり方で動き出しました。

そのやり方は私のやり方と大いに違うので、
「それは…」と口出ししたくなることしばしばですが
両手で口を押えています( ´艸`)

そうしたらね、

笑顔が増えました (*^^*)
スキップする姿を見かけました (^_-)-☆
お風呂で鼻歌を歌っています ♪

一時期、
生きることさえ面倒になりかけた息子の
鼻歌を聞けることはとても幸せです。



母との関係も穏やかなものになりました。

そのきっかけは 帰省の断捨離 でした。

結婚後も、片づいていない実家に帰省する
のが大きなストレスだったのですが、
断捨離を始めて、先輩から
「何のために帰省しているの?」と聞かれました。

そんなこと当たり前、と思っていたので
考えたこともなかったのですが、
あえて言えば「孫の顔をみせるため」でしょうか。

じゃあそれなら実家に帰らなくてもできるよね、と言われ
帰省することを断捨離したのです。

これも、育児記録に並ぶ大きな断捨離でした。



帰省の断捨離をして、母と物理的な距離をとることで
「実家を断捨離してやる!」という思い自体を
断捨離することができたのだと思います。

「片づけるべき」と思っているのは私だけで
そこに住んでいる母は
その必要を感じておらず
それなりに毎日機嫌よく暮らしているわけですから。

わたしの「良かれ」と思っての言葉は
大きなお世話だったんですよね。

帰省するたびに
言葉にしないまでも
「片づけてよ」オーラを出していたので
オーラを出す私も、受け取る母も
くたびれてばかりだったと思います。

帰省を断捨離してからは
その代わり、母に来てもらい、
みんなで小旅行に行くことにしたのです。

すると、まず片づいてない実家を目にすることが
ありませんから、お互い気持ちが荒れません。

家事をしなくていいいので時間のゆとりも生まれ
これまで話さなかったようなことも話題に上がり
和やかな時間を持てるようになりました。

そんなことを始めてから3年ほど経った
母の日に、プレゼントと一緒に
子どもの頃辛かった、という正直な気持ちと
育ててくれたことに対する
感謝の気持ちも伝えることができました。

それに対して
母からの特別なメッセージはありませんが
伝えられたことで満足です。



先日、父の十三回忌で
久しぶりに家族で帰省した時

私の希望で
初めて実家近くのホテルに宿泊しました。






自宅からは見ることのできないこんな景色も
ホテルの部屋から眺めることができて
ふるさとのすばらしさを改めて感じました✨



これまでは
実家に帰るのにホテルに泊まる、だなんて
近所の人になんて思われるだろう…
と思っていたのですが

なんて思われても関係ありませんよね。
そもそも
私達が帰省していることすら
誰が知っているというのでしょう(笑)



実家に立ち寄った時、
相変わらずの状態でしたが
それでも少し
片づけようとしている様子がうかがえました!

12年前に亡くなった父の遺した洋服も
ようやく処分し始めたそうです。

お母さんも頑張ってるんだ、お母さんなりに。

「必要になったら、いつでも言ってね。
片づけ手伝うから。」
とだけは伝えて、あとは母におまかせです。



息子のこと
母のこと
思う気持ちはあるのに、うまくかみ合わなかった関係が
こんなに変化したのは

間違いなく断捨離のおかげです。



ただ家を片づけたくて始めた断捨離ですが
モノの片づけを通して
自分の心を片づけることができるという
体験を何度もすることができました。

この嬉しさ、軽やかさ、気持ち良さ、をお伝えして
私と同じように「片づけられない」とお困りの方の
お力になれれば、と
断捨離トレーナーになることを決心しました。

こんな私でも断捨離できたのだから大丈夫。



「片づけられない」なんて悩んでいる時間がもったいない!

一度きりの人生を思い切り生きましょうよ\(^o^)/



何か不安なことがあったら
お話をしにきてくださいね。

長い長い自己紹介に
お付き合いくださってありがとうございました。



(おわり)

 


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